人たらし

7th water Lily /くぼきょうへい

生活案

同棲が始まった。知っていること、知らないこと、教えること、教えられたこと、初めから持っている知識は数えるほどしかない。部屋の真ん中には一番安くで全ての寝具を揃えた布団を敷いた。この部屋がいつの日か物で溢れ返っていくだろうか。お互いに知らないことは「らしい」をつけて話し合った。「らしい」ことは多かったけど数ヶ月で「正しい」になっていく。お互いで選ぶものと、どちらかが持っていたものを共有して新しい2人になろうとした。歯磨き粉、シャンプー、冷蔵庫、洗濯機、ハンガー、机、クッション、、身の回りの物を2人が全て共有する。2人とも良い匂いの柔軟剤を使いたかったけど、パッケージと匂いが一致するものを知らなかった。唯一、一致する柔軟剤を彼女に勧めた。お互いが気に入った。家事はどちらか気づいた方がやれば良い。なんて考えでは上手く行かなかった。俺ばっかり、私ばっかり、が増えていった。一つ産まれた愚痴はポツポツと思い出に張り付いた。次第に彼女がライブに来ることは無くなった。お互いが何を考えているのか、どんな仕事をしているのか、今日何があったのか、聞かなくなった。「別に良かった」ことが「特に」許せなくなった。未だにあの曲を歌ってるのにも腹を立てていた。周りの同級生は一食3万円するディナーを恋人に食べさせた。インスタに婚姻届と指輪を載せていた。彼女はそれを見て、バンドを憎んだ。たまにするデートは出来るだけ携帯も触らないようにしていた。彼女は帰ってすぐ写真がないと怒った。特別は逆さまになった。慣れていくことから離れられないのなら、慣れていくような生活を特別にしたい。自転車を漕いで安いスーパーに行く。料理をする。片付ける。お風呂を沸かす。歯を磨く。誰もがする生活を2人ですることに幸せを感じていたい。高いご飯も自家用車も、誰かにとっての幸せのあり方で、自分達にとっての幸せを見つけていきたい。使い続けた柔軟剤の香りは慣れてしまって匂いがしなくなった。