人たらし

7th water Lily /くぼきょうへい

チワワの視線

春が過ぎ去ろうとした日差しの濃い日中、1匹の白いチワワがコンビニの前に繋がれて遠い目をしていた。今にも落ちそうな目玉と目ヤニの量から、おそらく老犬だと悟った。彼、もしくは彼女の見る視線の先には何があるのかと思ったが、おそらく何も見ていないんじゃないかと感じた。彼、もしくは彼女が繋がれた首輪は今まで経験した数えきれないほどの景色を共にしたことがわかるぐらいに使い古されていて、緩くなって千切れてしまいそうなそれを気遣っているように思えた。その首輪に付いている、人工的に作られたガラス玉に、今日の日差しが刺さることを思うと、とても羨ましいのであった。それが何十年も輝く物だと思っている人はいないだろう。汚れても磨かれて、また輝いていくものだろう。

彼女との出会いは僕の20数年間の人生に今まで生きてきた意味を与えてくれた。特別スタイルが良いわけではなく、でも沢山の男に声をかけられてきたとわかるぐらいには可愛く、慣れている気がした。僕らの胸にあるものは、下宿生の部屋の風呂場に置いてあるシャンプーの容器の底ぐらいには汚れていたと、会った時すぐわかった。その汚れを取るつもりなんてなかったが、汚れの中からぐちゃぐちゃに目の腫れた顔の彼女がこっちを見ながら泣いている。ような気がする。少し見つめていると声にならない声で一言「変わりたい」と言うのであった。正直なところ、人は人を変えることができないと知っていた。僕の胸にある汚れは「人を変えれなかった汚れ」だったから。今度こそ、彼女の汚れを取ってみたくなった。きっと僕らは輝けると思った。

そして3年後、彼女は僕に「変わりたい」と言った。僕は変われなかった。そして僕の汚れは「自分が変われなかった汚れ」だとわかった。